金色の星をあなたに


 

 本編を読まなくても読める、とは思いますが

「作中のふたりは魔族なんですが人間界で暮らしています」という

背景だけ念頭に置いていただけるとわかりやすいかなぁ、と(爆

 

 ※段落最初の文字(金→き、のように)をつなげると

「きみにぷれぜんと」になる(いつもの余計な)おまけつき。

 




 金色の星がツリーの一番上に燦然《さんぜん》と輝いているのを指差して、その人はやけに嬉しそうに振り返った。

「ねぇ、小さいときに、あれ欲しいって思わなかった?」

 何故《なぜ》? と舌の上に乗せかけた言葉をそのまま呑み込み、私は倣《なら》うように星を見上げる。
 魔族を悪魔、と言い換えるのなら当然のことだが、自分たちにはクリスマスを祝う習慣はない。無論、ツリーを飾ることもない。人間界で育った自分ですらそうなのに、魔界育ちのこの人がなぜ幼少時にクリスマスツリーを見たことがあるのだろう。そんな疑問が頭をもたげる。

「どれだけ手を伸ばしても届かなくってね。で、こうやって手かけて背伸びするでしょ? そうしたら倒れたら危ないって、ツリーのまわりに柵作られちゃって」

 聞けば、まだ離れで乳母と暮らしていた頃の話だと言う。
 特殊な生まれに配慮があったのか、ただ単にイベント好きが周囲にいただけなのか、そのあたりはわからない。




 身振り手振りつきの昔話を聞きながら、私は彼が子供の頃に見たというクリスマスの様子を思い浮かべる。手を伸ばしても星に届かないということは、随分と大きなツリーだったのだろう。
 ツリーに寄りかかって星に手を伸ばす子供の姿は想像するだけでも微笑《ほほえ》ましい。が、倒れたら惨事だ。巨大なだけに。
 柵というのも大げさだが、設けたくなる気持ちはわからないでもない。




 2回くらい危なかったんだよ、と笑うのを見て、その想像は確信に変わる。
 危険だったのが2回ということは、お星さまGETチャレンジはそれ以上にやっていたに違いない。手の届かないところでキラキラしていれば、子供の目には価値のあるものに映るものだろう。
 長い間手にすることが叶わなかった憧れは心の中で美化されて、今ではもう、夜空の星や海底に沈むお宝のような、とんでもない価値に昇華してしまっているのではないだろうか。

 実際に手にしたらがっかりするかもしれない。私はつい先日、店先で売られていた星を思い出す。
 細い針金で唐草のような模様がつけられたその星は、売られている星の中では高価な部類に入るものだったが……それでも、どう見たところで、ただの真鍮製の飾りに過ぎなかった。



 プァーン……と列車の警笛の音がする。
 その音にその人がプラットホームのほうを見た。煌々《こうこう》とライトを照らして、滑るように列車が入ってくる。
 深緑の車体に黄色のライン。窓枠は赤。
 クリスマスカラーなのは今の時期だから、というわけではないけれど、今の時期には似つかわしい。

 乗客と一緒に郵便荷物が下ろされる。あの中にはクリスマスプレゼントも含まれていることだろう。包装が汚れないようにハトロン紙でさらに包まれているから、どれも薄茶色をしているけれど。
 その次々に下ろされていく荷物の中に見覚えのある包みを見つけて、私は駅員に声をかけた。




 列車の荷物はまだありますから明日、他のと一緒に運びますよ、という申し出を断って、その包みを手に取る。長さ1メートルちょっとの箱は持ち運ぶにはやや不向きだが、重さはそうでもない。

「なぁに?」
「秘密です。さ、行きましょうか」

 片手に包みを抱えて、もう片手でその人の手を取って。
 クリスマス、そしてそれを越せばすぐに年末年始、ということでいろいろあるのだろう。いつもは無人駅かと思うほど過疎っている駅舎だが、今日は人の姿も多い。それに加え、外に出れば商店街。ここ以上にごった返している。
 だからこの手は、はぐれないように! 仕方なく! なんです! と、心の内で何度も理由づけて。




 絶対、今日は余計な問題を起こしてほしくない。そんなことをしている暇はない。外出する私に「暇だから」という一言で勝手についてきたこの人を、無事に城まで連れて帰るのは私の責務。
 決して。そう、決して、どさくさに紛れて手を繋いでるわけではない、わけで。




「んー!? もう帰っちゃうの!?」

 城下町まで出てきたのに駅で荷物を受け取ってとんぼ返り、というのが不満なのだろう。リスのように頬を膨らませるのを見れば、決心も揺らぐ。だがしかし。遊ぶ暇はない。年の瀬はスリ・窃盗も多いと聞くから、たとえ帰り道を知っていようとこの人を置いて先に帰るつもりもない。
 過保護? いいんです。過保護で。
 私は誰に聞かれたわけでもない問いに答え続ける。

「だってこれを取りに来ただけですから」
「だからそれなに?」
「秘密で、……うわっ!!」




 突然、その包みを奪い取られた。油断も隙もない、とか言ってる場合じゃなくて。

「ちょ、返してくださいよ!」

 いくらなんでも外でで包みを開けようとするんじゃない! 持って帰るのが大変になるでしょうが!
 そんな声も空《むな》しく、その人は包みの中から緑の枝のようなものを引っ張り出した。

「なにこれ。造花?」

 ちゃんと飾りつけるまで秘密にして驚かそうと思っていたのに。
 私はその人の手から包みを奪い返す。
 何ですかそのがっかりした顔は。出てきたのが地味な木の枝の模造品だったのが、そんなに期待外れですか!?

「……ツリーですよ」
「ツリー? ツリーって、あれ?」

 指さしたのは先ほど見ていた駅舎の飾り。近くの森から切り出してきた本物のモミの木。
 そしてきっとこの人が幼少の頃に見たものも、同じように本物の木でできているのだろう。こんな模造品ではなく。
 しかし、昨今のツリーはこれ、なんです。

「なんで?」
「いや、だって、」

 やっぱり変だと思われただろうか。魔族がクリスマスツリーを飾るなんて。

 去年も、一昨年も、その前も。
 この時期になると町のあちこちに飾られる大小さまざまなクリスマスツリーをじっと見ていたこの人に、飾るくらいなら、と買ってみたのはいいけれど……まさか欲しかったのがツリーではなく星だったとは。それならツリーの費用で、もっと高価な星だけ買えばよかった。そのほうが、とりあえずかさは張らない。

「星は?」

 そんな私の苦悩を露ほども感じてくれないこの人は、目を爛々《らんらん》と輝かせた。その破壊力に卒倒しそうになりながら、私は包みの中のひとつを取り出す。
 なんとなく惹かれた――真鍮でできている、例のあの星を。

「うわあ!」

 嬉しそうに両手で星を持って奇声を上げたこの人に、周囲の人々が振り返る。そうだろう、今時、星1個で歓声を上げる大人なんていない。でも。

「すごいすごい! ね、早く帰ろう!」

 さっきまで帰るのを渋っていたはずなのに、そんなことはすっかり忘れた、という顔で私の手を引っ張っていくその人は、本当に嬉しそうで。
 こんなことなら人間の風習というのも案外捨てたもんじゃないな、なんて思ったりして。




 今年も、来年も、その次も。ずっと一緒に飾れることを願おう。
 そうそう。てっぺんに、星も忘れずに。