「魔王様には蒼いリボンをつけて」ハロウィン番外編2014。
魔王様、萌えを語る。
初出:novelist様 2014-10-04 04:15:53
ノイシュタイン城は通称『悪魔の城』と呼ばれ、連日のように勇者様ご一行が魔王退治にやって来るという、ある|筋《すじ》の皆様方にはかなり有名な観光スポットである。
しかし、魔王が城主の裏の顔であることも、執事が狼に変化することも地元住民には秘密だ。
それなのにこの城主ときたら……。
「にゃ〜お♪」
執務室の扉を開けると黒猫が満面の笑みで出迎えた。黒猫……もとい、黒い猫耳を付けた城主が。
髪が黒いこともあってかその異物に全く違和感がない。
左耳に赤いリボンと小さい鈴。動くたびにちりちりと鳴る。
「……何の真似ですか?」
グラウスがそんな主《あるじ》の姿に絶句する。
かわいいが、まさかそう言って貰うためにその格好をしているわけではあるまい。彼は案外にプライドが高いから、面と向かって「かわいい」などと言った日には再起不能になるくらいには殴られる。
もしや禁断のペットプレイに目覚めたのだろうか。
命令とあらば1日中でもこの猫を構い倒す自信はあるのだが、それにしたって心の準備というものが。
「やだなぁ、ハロウィンだよ。ハロウィンの衣装」
しかし黒猫様のほうはそこまで猫プレイを続ける気はなかったようだ。
あっさり猫耳を外して人間言葉に戻ってしまったご主人様に、グラウスはほっとしたような残念なような微妙な気持ちで開いたままの口を噤む。
聞けば義妹《いもうと》と立ち寄った小間物屋で買い込んで来たのだと言う。
どうせ今の時期は町もハロウィン一色。
1年に1度のイベントを強調した珍妙なパーティグッズに目が行ってしまうのは……この人の性格からいって仕方がないことかもしれない。
部屋の中央に置かれた大きな袋を覗き込む。
何をこんなに買って来たのやら。
「それでね、ちょっと思ったんだけどさ」
「何をです?」
機嫌よく喋る青藍に生返事を返しながら、グラウスは袋の中身を広げる。
地元住民を招いたパーティに使うのであれば、必要経費で落としたい。上手くいけば城の運用資金の上乗せができるかもしれない。
そんなことを考えつつ袋を広げて……想像を超えたモノに目が点になった。
黒のワンピース。
先ほど青藍が付けていた猫耳とセットなのか、黒い尻尾が付いている。
袖とウエスト部分は黒いオ―ガンジー素材。まぁ簡単に言えばちょっと透けている、という奴《やつ》だ。そのせいでへそが見えるかもしれない。色っぽいというか何と言うか。
スカートは短め。バルーンスカートという裾が萎《しぼ》められたデザインだが、短いことには変わりない。
「あ、それね。似合うと思わない?」
唖然としてその服を目の前に吊り下げた執事の背後から、トドメの声が刺さる。
……ちょっと待て。
グラウスは長椅子の上で猫耳を弄《もてあそ》んでいる青藍を振り返った。
まさかとは思うがこれを着るのか? ちょっとだけ、と言うよりかなりモヤモヤッとその姿を想像する。女顔だし骨格も細い。似合わないことはない。いや、絶対に似合う。
だが。
見てみたい気もするが執事としては、いや、魔王の沽券《こけん》に関わる由々《ゆゆ》しき事態だ。断じて止めるべき。
でも。
「"るぅ”に」
執事が半《なか》ば握りしめるような形で持っていたワンピースに、ご主人様はのほほんと笑う。
その笑みに安堵のあまり空気が抜けそうになった。
なんだ義妹《いもうと》のか。かなり焦ってしまったじゃないか。
そんな破廉恥《ハレンチ》な姿を世の獣《ケダモノ》共の視線に晒《さら》すくらいだったら、城ごとぶっ壊してパーティ自体を無に帰したほうがずっとましだ。心臓に悪い。
「だからね、思ったんだけど」
「何ですか」
当面の危機は回避できた。グラウスは適当に返事を返しながら袋探索を続ける。
底からクシャクシャになった領収書を発掘した。よし。今月の経費申請書類に混ぜておこう。
なんせ毎日のように勇者と魔王が破壊の限りを尽くしてくれるので経費はいくらあっても足りない。
悪魔がお金の心配? と言うなかれ。
何でも魔法でちゃちゃっと解決できるほど世の中、都合よくできてはいないものだ。
「お前さ、耳と尻尾だけ狼って、どう?」
「……は?」
領収書を手にしたまま、グラウスは青藍を見上げた。
「だからさ、耳と尻尾」
青藍は真面目な顔で繰り返す。
どうやら耳と尻尾だけ狼になってみろ、と言いたいらしい。
世の中に出回っている文献では狼男なる魔物がいるそうだが、生憎《あいにく》と自分は変化しても普通に四ツ足の狼。二本足で立って歩いたり、耳と尻尾だけ狼などという混ざった姿にはなれない。
と言うか、顔が人間のままでは人間ではないと触れ回っているようなものじゃないですか!
そう言うと青藍は目に見えてがっかりした顔をした。
と思う間もなく、いきなり仁王立ちになると、人差し指をグラウスの鼻先に突き出す。
「何だよそれ。萌えがわかってない!」
「萌え?」
「そうだよ! 人間の間じゃ、ケモ耳とケモ尻尾は萌えって言って人気あるんだから!」
……それって少し特殊な性癖ではないだろうか。グラウスは記憶を探る。
確か、メイド姿+耳+尻尾の少女に「萌え~」と言いながら群がっていたのは野郎ばかりだった。
かわいい女の子にケモ耳&ケモ尻尾なら萌えと言うのもわかる。百歩譲って男でも、女顔なら萌えるかもしれない。個人的に言わせてもらえば(青藍に限ってのことだが)、さっきの黒ワンピースをセットで着られた日には悶《もだ》え死ぬ自信がある。
しかし自分は大の大人だ。しかも男だ。女には見えないし、かわいくもない。
それでも耳と尻尾が付けば萌えるのだろうか。
あまり想像はしたくない。
というより、それが真実なら自分の身を守るためにもケモ耳&ケモ尻尾など付けられない。
これでも健全な成人男子。萌えに群がる野郎どもの餌食になどなりたくない。
「何だよ、いい考えだなって思ったのにー。経費削減! でしょ?」
ご主人様は仏頂面で言うけれど。
グラウスは頭を抱えた。
「それを言うならあなただって自前でいけるでしょうが」
衣装なんて魔王のもので事足りる。
それどころか、この人はその気になれば角も羽根も出すことができるのだ。
それだけじゃない。
あの濡れたような紅い目も、艶ややかなビロードを思わせる黒い羽根も。
何と言っても目の前にいるのは麗しの魔王様。ケモ耳&ケモ尻尾がどれだけ萌えようとも、この人の魔性には及ばない。
ああ、下手な仮装してくる人間どもに見せびらかしてやりたい!!
「お前さぁ、今は俺じゃなくてお前の話をしてるんだけど?」
うっとりと自分の世界に入ってしまっている執事に城主は苦笑いを浮かべると、手にしていた猫耳をその頭に付けた。
「ほら。やっぱりケモ耳は萌えるって。ね」
「……私でそんなこと言うのはあなただけですよ」
この猫耳は没収しておきましょう。
猫耳のあなたは私だけの特権。できればワンピースも……いや、それはやめておくとしても。
笑うように。
左耳の鈴がちりん、と鳴った。