まおりぼ(無理矢理)バレンタイン2018。
チョコのチの字も出てきませんが。
注意タグをつけるほどではないでろうBL。
いつものコメディ寄り。
今日もグラウスさんは元気です。
ニオイスミレという花がある。
この花弁《はなびら》を絞った汁を眠っている人の瞼《まぶた》に塗れば、その人は目を覚まして最初に見た者に恋をするらしい。なんとも少女趣味な呪《まじな》いだ。
しかし子供だましと一笑に付すことができないのは、この呪《まじな》いの難易度の高さ故《ゆえ》のことだろう。
なんせ相手の寝室に忍び込まなければならない。
歴とした家宅侵入罪に値する。
しかも速やかに敢行するためにも何処に目的の部屋があるのかを事前に知っておかねばならない。
既に家に招待されるような親しい友人関係にあれば良いが、大半の挑戦者は事前に見取り図を入手する必要がある。
アパートメントであれば空室を見て把握、そうでなければその家を建てた建築業者や斡旋した不動産業者経由で手に入れる。
それも無理なら意中の相手の家に忍び込んで自力で書き上げる。
さらに家に侵入するのだから合鍵も入手しておかねばならない。
決行日時は夜中だ。まず施錠されている。
合鍵を作るにはまず鍵を拝借しなければならないが、正攻法で鍵を貸してくれと頼んだところで貸してもらえる率は低いだろう。
業者に頼めばほんの20分ほどで作ってもらえるが、極秘裏に持ち出し再び返すまでの間に見つかれば窃盗で訴えられることは想像に難くない。
恋人どころか犯罪者にされてしまう。
針金やヘアピンで開ける猛者もいる。
その技術を取得するには最短1週間、平均でも数ヵ月を要し、費用も合鍵代以上にかかるからおすすめはしないが、鍵師になる予定があるのなら挑戦してみてもいい。
バールのようなもので窓を叩き割って侵入するという手もあるが、こちらは音で気づかれる率が非常に高い。
聞きつけて集まって来た者を口封じのために殺傷すれば、罪はさらに重くなる。
その家の者に暗示をかけ、鍵を開けさせれば少なくとも器物破損はせずに済む。
が、それができるならこんな面倒なことをせずとも最初から暗示で惚れさせればいい。
だが。
同じ屋根の下にいるのならその難易度は格段に下がる。
ここで言う難易度とは侵入に関するものだ。
世間一般の「同じ屋根の下」とは兄妹、親子、伯父と姪など場合によっては道徳や倫理の問題になりかねない関係を含んでいるから別の意味で問題は発生する。
|前《さき》の事例は物理的に、|後《あと》の事例は精神的に難易度が高い。
つまり何が言いたいかと言うと、それだけこの呪《まじな》いは見返りが期待できるということだ。
難易度が高いということはすなわち報酬も高いということ。
|巷《ちまた》で流行っている|遊戯《ゲーム》でも「普通」より「上級」、「上級」よりも「極」のステージのほうが良いものがドロップする。それと同じ。
グラウスはベッドの端に腰掛ける。
ベッドの上で眠り姫よろしく眠っているのは25年もの間、寄せられる想いに気付きもしない我が主。
|嗚呼《ああ》! 私は今ほど神に感謝したことはない。
私には|前《さき》の事例はあてはまらない。
かと言って後の事例にもあてはまらない。
しかも私はこの城のマスターキーを預かる身。寝室だろうが浴室だろうが入り放d……いけない、鼻から血が。
だが、しかし。
そんな有利な立場にいるのに今までの成果は|惨憺《さんたん》たるものだった。
これまでだって何もせず手をこまねいていたわけではない。バレンタインにはチョコを作り、ホワイトデーにはクッキーを焼き。
勢い余って抱きついたことも、告白したことも、キ、キキキキキキキキキ……いや、これは覚えていないかもしれないが。
それなのに!
何故気付かない!
何故「お友達」の枠を超えられない!?
わざとか!?
気付かないふりをしているのか!?
鈍いのを通り越して不感症か何かなのか!?
その辺の女より、そう、少なくともルチナリスよりはずっと私のほうがっっ!!!!!!!!!!!!
……ああ、いけない。
つい興奮してしまった。あんな優位なところは性別だけとしか言いようのない山猿娘に対抗心を燃やすなど大人気ないにもほどがある。
しかしその性別がネックだ。
ただ単に女だというだけで私の上を行こうものなら足首を掴んで引きずりおろし、穴を掘って裏山に埋めてやるまで!
そう! 他所の恋愛事情にまで口を挟むつもりはないが、当城内では話は別。
仮とはいえ兄と妹。血が繋がらなければいいという問題ではない!
特にあの小娘には邪念がある。
何かしようものなら全力で阻止して見せるとも!!
ふっふっふ。準備は万端。
こうしてニオイスミレも……と、グラウスは握り締め過ぎてヘロヘロになってしまっている小さな花束に目を落とす。
しまった。怒りに任せて握りすぎた。瀕死になっているじゃないか。
だがそれでもニオイスミレであることは間違いない。
腐っても鯛。枯れてもスミレ。
他の奴ら(主にルチナリス)がこの情報を何処からか聞きつけるとも知れないから町中のニオイスミレは買い占めた。つまり失敗しても予備はない。
チャンスはこの1回。のみ。
窓と扉には鍵をかけたし、侵入防止に結界も張った。
私の顔より先に窓の外の何かを見たりしないようにカーテンを閉め、それでは暗いので明かりを――枕元ではベッドに倒れて引火したらマズいので床に――何本も灯《とも》した。
うむ。これなら私の顔を誰かと見間違えることもない。
馬乗りになって、スミレを取り出す。指先で花弁《はなびら》を擦《こす》り合わせる。
が、水分など出て来ない。指先が薄く紫に染まっただけだ。
何故だ。乾いてしまったのか? いや、量が足りなかっただけに違いない。この買い占めたスミレを全部絞れば1滴くらいは入手できるはず。
グラウスは片っ端からスミレを潰す。そして。
塗ったぜヽ(゜∀゜)ノ うぇ──────ぃ!!!!
……ちょっと今、キャラが崩壊した。
だが! これで! これで目を覚まして私を見てくれれば……っっ!!
「……ん……」
「お、お目覚めですかっっ!」
失敗は許されない。グラウスは覆い被さるように身を乗り出す。
彼の視界には私しか映っていない。私の背後に心霊がいたとしても、そいつが入り込む隙間など存在しない。
ご主人様はぼんやりと私を見上げる。その瞳に映るのは私の顔、だけ。
「……グラウス?」
「はい!」
よっしゃぁぁぁぁぁぁあああああ!
見た! 完全に! 私をっっ!
「何してんのお前」
「……へ?」
あれ?
いつもと変わらない。
何故だ。照れ隠しか? 失敗したのか? 絞り汁が足りなかったのか? それともあの呪《まじな》い自体が嘘だったのか!?
「あの、何か感じるものとかありませんか」
「重い」
「いえそうではなくて、私を見て何か言いたいこととか、思ったこととか」
「いくら起きないからって上に乗って来るとか、犬かお前は」
苦笑しながら身を起こしたご主人様だったが、あたりを見回してその笑みは凍りついた。
「お前……俺を生贄にして何してた……?」
カーテンを閉めた真っ暗な部屋で、ベッドを中心に丸く蠟燭が並んでいる。ゆらゆらと炎が揺れている。
ベッドの上には握り潰された草花が死屍累々と散らばっている。
そう。それはまさに黒魔術の様相。
「ごっ、誤解です! 最愛の人を生贄になど私がするはずないでしょう!」
「あー……ああ、うん。俺も好きだよ。だからこれ以上近寄らないで」
「言うことと行動が合ってないんですけど――!」
何故だ!
恋に落ちるはずじゃなかったのか!? 何故目を逸らす!
本当なら今頃はうるうるに潤んだ目で私を見上げているはずだったのに!