11月11日はポッキーの日2018。
まおりぼスピンオフ。
2年前のスピンオフ作品「1粒300メートル」
を踏襲しています。
ポッキーの日である。
この異国の菓子ひとつに毎年大騒ぎするのも如何《いかが》なものかと思うのだが……私の前には当然の如《ごと》く例の赤箱がある。
1度購入して以来、毎年秋になると「そろそろ如何《いかが》ですか?」との案内が通販会社から舞い込んでくるのだ。
なまじこのあたりでは手に入らない形状の菓子であるが故《ゆえ》に「突然必要になった時に困るよりは」と己の安心のために購入してしまうのだ。この菓子が突然必要になるってどんな事態だと思いながらも。
しかし3回目にもなると相手もわかってきたようで、ポッキーの「ぽ」の字を口にした時点で明らかに視線と話題を逸《そ》らしてくる。無理やり迫《せま》られたのがそんなに嫌だったのか、昨年は寝室に鍵をかけられ、さらにバリケードまで築かれた。
と、言うことで。
策を講じなければならない。
こんな異国の菓子会社が始めたイベントにここまで踊らされることになるとは思わなかったが、こうなったら意地だ。
せめてこの菓子の両側を咥《くわ》えるところまで!
そうだ。これはただの親睦を図《はか》るお遊び。深く考えるからいけないのだ。
最後までいきつ……いたほうがそりゃあいいけれど、それは追々《おいおい》縮めていけばいい。ふたりの距離が近くなれば、自《おの》ずと菓子の距離も近くなる。うん、期せずして上手《うま》いことを言ったぞ、自分。
と、そんなことを言っている場合ではなくて。
「ポッキーの日の呪いにかかってしまいました」
城主の執務室に入って来た執事は、開口一番、そう言い放った。
「呪い?」
「ええ。本日11月11日中にポッキーゲームを遂行しなければ、私はこれと同じ赤箱になってしまうのです」
言いながら感極まったように横を向く。
思い起こせば2年前。
これは廊下で待ち構えていた赤箱に言われたネタだ。とは言え、一致部分は「呪い」だけだからパクリではない。
元ネタは「1粒300メートルの呪い」。
両手を上げて嘘くさい笑顔を浮かべながら300メートルの距離をタンクトップと短パンで走る苦行の名称で、つまり、ほぼ下着同然の恰好で300メートルを全力ダッシュしなければ気が済まなくなる、らしい。
元ネタのほうが相手に与える衝撃は強い。だがもし失敗に終わった時にそれをするのは自分。どうせ嘘なんだからそこまで自分を追い詰める必要はない。
それに赤箱に姿を変えられてしまうのなら変わらなくても「嘘でした」で済ませられるが、1粒300メートルの呪いの場合はガチで「やれ」と言われかねない。いや、面白がって確実に拒絶される《失敗させられる》に決まっている。
「信じて頂けないならそれで結構ですが……」
そして長年の経験から言って、この場合、食い下がってはいけない。
追えば逃げる。逃げれば追う。なに、まだ1日は始まったばかり。今日1日私のことで悩みに悩めばいい。
グラウスは身を翻《ひるがえ》す。
隠し持って来た目薬で涙を流したように見せたが、気付いてくれただろうか。
「ポッキーの呪いがぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」
その夜。ノイシュタイン城に悲鳴が響き渡った。
滅多に聞かない人の悲鳴だけに城中の人間が何ごとかと集まって来る中、当の城主は赤い小箱を両手に持ち、呆然と座り込んでいる。
「何があったっすか?」
「グラウスが、グラウスがポッキーの呪いで、」
「ぽっきーののろい……?」
その騒ぎをグラウスは物陰からこっそりと覗いていた。
なんせ夜恒例の城内の見回りから戻ってきたらこの騒ぎ。しかも原因は自分が青藍に向けて言い放ったネタであるらしい。こちらは1度あることは2度、2度あることは3度ある、と言うことで、曲がり角に赤箱だのカボチャだのが潜んでいないかと念入りに探りを入れていたら戻って来るのが遅くなった……だけなのだが。
ポケットから懐中時計を取り出す。
23時30分。まだ日付は変わっていない。なのに、|何故《なぜ》。
「そんな嘘に決まってるでしょーが」
「そーっすよ。坊《ぼん》を騙《だま》してるだけっすよ」
「菓子になる呪いなんて聞いたことないっす」
ガーゴイルたちが宥《なだ》めているのが聞こえる。
「だって、だっていつもなら10時には見回り終わりましたって言ってくるのに来ないし、いつもならポッキー咥《くわ》えて迫《せま》って来るのに今日に限って全然来ないし、それでそこの戸を開けたら廊下にコレが落ちてて……っ!」
ポッキー咥《くわ》えて迫《せま》ったのは1度きりです。何度も迫《せま》ったような言い方はしないでください。
ツッコミたいが、
「どうしようグラウスがずっとコレだったらぁぁぁぁあああ」
「そんなことねーっすよ!」
「絶対何処《どこ》かに隠れて見てるって!」
ツッコミを入れるどころか出ていくタイミングさえも失った。
「どうしよう。俺がやるって言わなかったから」
「普通男同士でポッキーゲームはしないっす。グラウス様の頭が溶けてるだけっす」
「どうせこれもただの菓子箱っしょ」
「開けちゃ駄目だって! もしそれでドロッと内臓が出て来たら、」
「怖いこと言うなあああああああああ!」
しかしあんなところに赤箱を置いた覚えはない。
罠か? 自分以外の誰かが自腹を切って取り寄せたのだろうか。それとも……待て。この流れは身に覚えがある。と言うことは、あの赤箱は!
その瞬間、青藍の手にあった箱はフワリと宙に浮いた。
「よくぞ我を手に取った! 勇者よ!」
嗚呼!
2年前の悪夢再び!
しかしそれを知っているのはグラウスただひとり。
青藍も、ガーゴイルたちも、突然空中に浮いた赤箱を唖然として見上げている。
「私はポッキーの妖精! 私に出会った者は、ポッキーゲームをしなければ1粒300メートルの、」
「待ぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええい!」
グラウスは物陰から飛び出した。
何を言う気だ! その人に変な呪いをかけるな! 他の人外どもはどうなったところで構わないがーーっっ!
その後彼がどうなったのかは、
やっぱり誰も知らない。