まおりぼ七夕2018。
全く七夕関係ない話になりました。深夜テンション怖い(爆
BLです。
2989文字。
※截頭とは頭を切り取ることだそうです。
グラウスは大きく溜息をつくと、紅茶を満たしたカップを手に部屋に戻った。
その部屋は広さにして約12平方メートル。バスとキッチンまで含めてはいるが、ひとり暮らしなら十分広い、と言える大きさだ。
家具は高いとも安っぽいとも言えないつくりの応接セットと、少し離れたところにダブルサイズのベッドのみ。間仕切りの向こうにはバスルームがあり、反対側――つまり今の今までグラウスがいたところ――にはキッチンがある。
自分たちは好き好んでこの部屋にいるわけではない。
そもそも足を運んだ覚えもない。
城下の町で七夕祭りをする、という話を執務室でしていて……気が付いたらこの部屋にいたのだ。
壁一面の窓の外は星空。天の川。
七夕らしいと言えば風流だが、まるで満天の星の中に部屋ごと放り出されたようで落ち着かない。
「とりあえず、何か腹に入れておきましょう」
二人掛けのソファに身を投げ出した格好で窓の外を眺めている人にグラウスは声をかけ、カップを置く。テーブルにはドライフルーツがふんだんに練り込まれたパウンドケーキが置いてあるが、手をつけた様子はない。
「こんな得体の知れないものを?」
青藍は横になったままグラウスを見上げ、ぷい、と顔を背ける。
毒殺のおそれがあるから外で出された食べ物は迂闊《うかつ》に口にしない、と育てられた人だけに仕方のない反応だとは思うが、此処《ここ》に閉じ込められて早《はや》4日。諦めて食べてくれなければ困る。
「誰が用意したものかはわかりませんが、茶葉も菓子も青藍様のお好きな銘柄ばかりですよ」
「だから胡散臭いんじゃないか!」
声を荒げるも、すぐに顔を伏せてしまう。
かなり体力も落ちているだろう。食べもしないし眠りもしないのでは。
もっとも、自分好みの銘柄を揃えられている時点でストーカーを疑うのは当然だし、そんな相手が用意したものに何も入っていないと思うほうがおめでたい。監視されていることを疑えば無防備に眠るわけにもいかない。
かと言ってふたりして飲まず食わずでいては、いざと言う時に何もできない。毒見と称して食べ物を口に入れ、申し訳ないと思いつつ眠らない主《あるじ》に後を任せて仮眠をとる。そのおかげで自分はまだ平静を保っていられるのだが……。
グラウスはおもむろに青藍のカップを取るとひと口啜《すす》る。
「ほら。何ともないですから飲んで下さい」
彼の毒見役を買って出てから何年になるだろう。運のいいことに私はまだ健在でいる。
ドロドロした貴族社会と違って、今自分たちが置かれている環境は策略や陰謀から程遠い。彼を魔王役に推薦したのはそんな悪意から彼を逃がすためでもあったのではないか、と思うほどに。
「お前はどうしてそんなに落ち着いていられる?」
「内心ではかなり苛《いら》ついていますよ。あんな……」
この部屋に来て最初に見つけた、犯人からのメッセージと思われるメモ書きを思い出し、グラウスは再度溜息をつく。
『セッ〇〇しないと部屋から出ることは叶いません。期限は7日』
文字は伏せられているが、これは間違いなくアレだろう。
性的なことに疎《うと》い青藍でもさすがに察したらしく、「ふざけるな!」とそのメモをゴミ箱に叩きつけ、それからずっとこの状態だ。
犯人の意図するものがわからない。
この状況下では自分たちふたりがコトに及ぶしかないのだが、そんなものを見て楽しいのだろうか、とも思うし、見知らぬ誰かに見られながら行為にふける趣味も持ち合わせてはいない。
それに。
グラウスは疲れたように目を閉じてしまっている青藍の横顔に目を向ける。
他人に強要されて深い関係になるつもりはない。
しかし7日と定められた期限も折り返し地点。
期限を過ぎればどうなるのか。元の世界に戻れる、と思うのは楽観的すぎるだろう。
「青藍様、」
「……俺は嫌だからな」
まだ何も言っていないのに、相手の口から漏れるのは拒絶の言葉ばかり。
それが自分《グラウス》自身をも否定されているように感じる。
「でも戻れないと困るでしょう」
そう言いながらも、このまま何もしないで終わるのもいいかもしれない、なんて思う自分は歪んでいるのだろうか。
此処には誰もいない。誰かに奪われることをおそれる必要もない。
ずっとお互いだけを見て、お互いだけを想って、それで部屋ごと消滅してしまえるのなら、この人の永遠を手に入れたと同じことじゃないか。
「そのためにお前は男と寝るのか?」
「下手《へた》に相手が女性でなかっただけよかったと思いますよ」
「……お前でもそういう考え方をするんだな」
むしろあなたでよかった。ルチナリスなんかと閉じ込められた日には絶望で死ねる。
そう言ったつもりだったのだが、潜ませた想いは伝わらない。
失敗した。
顔立ちが無駄に整っているが故《ゆえ》に昔から「女性代わり」として男に言い寄られていた彼に、今の発言は失言だった。
傷物にした、子供ができたという責任を取らされるのは大抵、相手が女性の場合。その疎《うと》ましさを気にする必要のない男の身で、代用になりうる容姿を持っていれば狙われないはずがない。はっきりと聞いたことは1度もないが、言いたくないほど不快な思いをしてきたことは容易に推測できたのに。
「いえ、私が、というわけではなくて……青藍様と女性がというシチュエーションは……その、嫌なので」
「俺と得体の知れない男の組み合わせならいいのか?」
「いいわけないでしょう」
いっそのこと、あなたを自分のものにしてしまえたら。
グラウスはやけに突っかかってくる青藍の傍《かたわ》らに跪《ひざまず》くと、額にかかる前髪を梳《す》く。
いつもならそれをするのは青藍の手で、されるのは自分の髪で。
だからと言うわけではないのだろうが、彼はそうして触れられても払い除《の》けることはない。むしろなだめられていると感じるのか、おとなしくしている。
これも全て人畜無害だと認識されているからだ。守ろうという気概ばかりが前に出るあまり、保護者面をしすぎたかもしれない。
信頼されているのは嬉しいが……強引にでも深い繋がりを持ったほうが関係も進展するのではないかと思う時がある。
「しかし困りましたね。このままでは七夕の節句が終わってしまいます」
「せっ……?」
「ご存じありませんか? 人日《じんじつ》、上巳《じょうし》、端午《たんご》、七夕《しちせき》……」
「違う、そうじゃなくて」
何が言いたいのだろう。
私は跳ねるように身を起こすと自分の両肩を掴んできたご主人様を見上げる。
このまま押し倒されそうな勢いだ。押し倒すと言っても私の背後は机と床なので色気のあるシチュエーションにはなりそうにない。後頭部と背中を強打しないように気をつけなければ……いや。「私が」押し倒されるのか? 突っ込まれるのか? どうせなら突っ込むほうがよかったのだが。って違う。何を考えているんだ破廉恥《ハレンチ》な。
「あの、アレってさ。その、想像してるのと違っててもいいんじゃない!? 伏字だったんだし!」
「はい?」
「例えばさ、切開とか折檻《せっかん》とか」
「……」
そうか。
メモには最初の2文字しか明記されていないから、伏字部分に別の文字を補うのも有りではないかと、そう言いたいのか。
「截頭《せっとう》とか赤血《せっけつ》とか接骨とか切削《せっさく》とか切腹とか!」
ああ。
この部屋を出るまでに私は生きていられるだろうか。