「魔王様には蒼いリボンをつけて」ハロウィン番外編2015。
(初出:taskey)
お祭り騒ぎというものは大抵、
一緒に騒ぐにはプライドが邪魔をする系の人が
苦労させられますね。
ちょっとだけ空気がBLです。
しょうがないね、グラ青だもの(´▽`*)
「Trick or Treat!!」
空も雲も風も、やっと夏の余韻《よいん》が薄れかけてきたこの季節、町ではこんな声が聞かれるようになる。
――お菓子をくれなきゃ、悪戯《いたずら》するぞ?
全くもって失礼な話だ。これはもはや強迫ではないのか?
民法でも『相手方を畏怖させ、かつ畏怖させることによって、相手方に一定の意思表示をさせようとする意思があること』は立派な強迫として定められている。
いい歳をした大人なら、動じずに対処することもできるかもしれない。だが、誰もがそうやって対処できるとは限らない。
脅迫罪の刑期は2年以下の懲役、または30万G以下の罰金。見過ごすには重い。
「Trick or Treat!」
目の前で満面の笑みを浮かべた人が、嬉しそうに両手を差し出している。
記憶に間違いがなければ、いや、間違えるはずがない。
これは10年来自分の主人であった人で、この先も主人、と言うか、まぁ、共に歩んでいくことは確定している人。
昨年はその髪の色と同じ猫耳が付いていて、赤いリボンと金色の鈴が大層かわいらし……違う、違和感を醸《かも》し出していた。今年はウサ耳らしい。
確か、頭にウサ耳を付ける時はそれなりの衣装があったはずだ。
酒場で腰をくねらせながら客の間を歩く姿を見たことがある。ぐるっと一周する間に、人気のあるウサギは胸元に大量の紙幣をねじ込まれるのだとか。
しかし、さすがにその格好はしていない。良かったと言うか残念と言うか。
「ねぇ、聞いてる? Trick or Treat!!」
ああそうだ。
あの服は女性用だった。着るはずがない。
しかしドレスすら着こなしてみせたこの人のこと、あの服だって……違う、何を想像しようとしているんだ。あんないかがわしい服を着、着、き……
「気分悪い?」
「え、いえ、何でも」
「でも鼻血出てる」
「……っ!!」
なんてことだ。一生の不覚。
妄想のあまりそんな情けない姿を、よりにもよってこの人の前で晒してしまうとは!
「ごめん、忙しいのにハロウィンどころじゃなかったよね。こっちは勝手にやっておくから休んでて」
「ち、違うんです! 本当に大したことないんです!!」
差し出していた両手をあっさりと引っ込めて身を翻《ひるが》したウサギさんを慌てて捕まえる。
捕まえて、周囲を見回して。
よし、誰もいない。
ここであのお祭り好きのどれか1匹にでも見られたら最後、根も葉もありすぎる噂を流されて、今日の夜には「昼間、ご主人様に抱きついてたっすよねぇ」と好色そうな顔で冷やかされるという、恐ろしい事態になりかねない。
そればかりか、
「るぅチャンにバラされたくなかったら、今後の夕食、1品増やしてくれるように掛け合って下さいよ~」
だのと言いだすかもしれない。
そんなことになった日には脅迫罪を適用して、2年どころか20年でも牢屋にぶち込んでやるところだが。
ああ、でもそれは置いといて。
「え、ええっと。生憎《あいにく》と菓子の持ち合わせはないので、」
「ないの?」
自分の言葉にその人は目を瞬かせる。
肩越しに見上げながらそれをやられると、こっちとしては「もうこのままお持ち帰りしてしまってもいいんじゃないか」と思うのだが、さすがに昼日中からそういうわけにもいかない。
でも本当に持ち合わせはないんです。
と言うより、世間一般の成人男子は仕事中に菓子を持ち歩いてはいないと思うんですが。
「じゃあ、悪戯《いたずら》のほうだ」
ニヤリと笑って目を|煌《きら》めかせたその人は、そう言うと自分のポケットから小さな包みを取り出した。
ハロウィン仕様と言っていいかもしれない、オレンジと紫のストライプ。そんな色のセロファンを指先でくるくると解くと、中から薄茶色の塊を取り出す。ふわん、と甘い香りが漂う。
「はい、あーん」
「……い!?」
この色、この形、この匂い。十中八九キャラメルだろう。
それを至近距離で「あーん」してくれるというのはご褒美でしかないけれど。
しかしだ。
「悪戯《いたずら》」と言ったのが気になる。
この人の場合、考えて対応しないと恐ろしいことになる。
1.ただのキャラメル。
2.実は激辛。
3.キャラメルに見せかけた別のもの(多分に食べ物ではない)。
今までの経験上、食べられないものを無理やり食べさせようとする鬼畜なことはしないはずだから、だとすれば「2」か。それなら悪戯《いたずら》と言うのも頷《うなず》ける。
食べないという選択肢もあるにはあるが、もし断ったらどれだけ機嫌を損ねるだろう。
もしかしたら一生口を聞いてもらえないとか、最悪、今の関係を抹消されるとか。
それは困る。
まぁ自分は辛《から》いものが全く駄目なわけでもない。
少しくらいなら我慢もできるし、きっと「辛い!」というリアクションを期待しての行動だろうから、その期待に応えることもできるだろう。
だったら。
「ね、あーん」
思い返せば、この人からこうして食べ物を差し出されるのは何回目だろう。
誰彼《だれかれ》構わずそういうことをするわけではなく相手は選んでいるみたいだから、悪戯《いたずら》とは言えむしろ光栄なことじゃないか。
身を屈《かが》めて、その茶色い塊を口にする。
指を舐める前に引っ込められたのは残念だが…………あれ?
普通のキャラメル、の味だ。
「あの、」
「美味しい?」
「ええ……まあ」
無邪気な笑顔は見ていて幸せな気分になるけれど、その一方で背筋に冷たいものが走っていく。
おかしい。
「悪戯《いたずら》」と宣言しておいて何もないなんて。これ、本当に飲み込んでしまっていい奴《やつ》か?
しかし悲しいかな、キャラメルは飲み込まなくとも口の中でどんどん溶けていく。
「これ、は、いったい、」
「これ? これねぇ、今年のハロウィン用に特別に取り寄せた特注品! 食べたら24時間だけケモ耳が生えてくるんだって!!」
「はあ!?」
大穴が来た。
4.魔界仕様。
そう言えば備品を注文する時のカタログで見た気がする。季節限定、との謳《うた》い文句で。
無駄な物を買う予算はないから、しっかり見もしなかったけれど。
「面白いでしょ」
きゃらきゃらと笑うその人の頭で、ウサ耳がぴょこぴょこと跳ねる。
ああ……もしかしてそれはカチューシャなどではなくて、本当に生えているんですか?
「みんなにも好評だったんだよ。いろんな種類があってね、猫とかキリンとか象とか。あ、象は大当たりでね、鼻がびよーんって伸、」
「つかぬことをお伺いしますが、そのみんな、ってどなたのことです?」
嫌な予感がする。
その人はきょとんとした顔で、首を傾げた。
何そんな深刻そうな顔してるの? という顔だ。
「変なこと言うね。ハロウィンだもの、お菓子貰《もら》いに来た子たちに決まってるでしょ? あ、面白いからって大人も来たな。町長とか」
ああ(orz)!
よりにもよって、魔界仕様のキャラメルを人間に配ったんですか?
それで猫とかキリンとか象とかなんですか?
猫耳やウサ耳くらいなら許せるけれど、キリンとか象とかって……それはマズいでしょう!? 人間やめていいレベルじゃないですか。
「あの……それは、」
「みんな面白いってー」
笑って済ますんじゃない!!
さすがは魔王城直下の町。住人の頭の中身もファンタジーすぎる。
って町長も、って言ったな。面白いかもしれないが、そこは率先して混じるところじゃないだろう!? 何考えてるんだハゲ親父!!
「それじゃ、さっき食べたのも」
「うん。グラウスは何になるかなー」
そんなに目をキラキラさせて。そんな、そんな食べてしまいたくなるじゃないですか。
そうじゃなくてもさっきからやたらと甘い匂いがして、くらくらしてるってのに。
首元に顔を埋めて、すん、と匂いを吸い込む。ああ、なんて美味《おい》しそうな匂い。くすぐったい、と笑う声もたまらない。
その白い首にも痕《あと》が残るくらい牙を立てたらどんなに……。
「なぁんだ、犬?」
変化があったのだろう。
その人は自分の頭を見上げ、残念そうに呟いた。
「犬じゃないです。狼」
腕の中には美味《おい》しそうなウサギが1匹。
「つまんないなぁ。食べても食べなくても一緒じゃない」
「そんなことありません。……食べれば、わかります」
いい機会です。この際、食べられちゃいませんか? ウサギさん。
――お菓子をくれなきゃ、悪戯《いたずら》するぞ?
そんな選択を迫るから脅迫になるんです。
お菓子なんかいらない。お菓子よりもっと、「あなた」が、欲しい。
Trick or Trick?