まおりぼバレンタイン2020。
スペース、改行、ルビを除く1500字。
※本編完結後の時系列での話です。
さあやってきましたわよ!
ルチナリスは鼻息荒く目の前に並べられた数々を見回した。
厨房の作業台の上には、チョコレートやナッツ類、ドライフルーツといったあれこれが所狭しと並んでいる。
何と言っても今年はこの日が来なかったかもしれないのだ。
昨年の今頃はそんなことは微塵《みじん》も思わなかったけれど、夏過ぎから雲行きが怪しくなり始め、義兄《あに》があっさりと魔界に連れ戻されてしまった日にはもう絶対にこんな日は来ないと、いや当時はそんなこと考える余裕もなかったけれど、とにかく今年のバレンタインは、
「ふっ。バレンタインなんてただのチョコメーカーの戦略よ。踊らされて滑稽《こっけい》ね」
とひとり寂しく嗤《わら》って終わるだけだったかもしれないことに比べれば、相手がいるのは素晴らしい。
それが世で言う義理チョコの域を出なくとも!
イベントは参加することに意義がある!!
ほんの数分前にメーカーの戦略と言っていた口で何を、と心のツッコミが入るけれども、誰も聞いちゃいないのだから別にいい。
だが問題は執事だ。
奴《やつ》はあたしの作ったものは悉《ことごと》く(溶かして固めるだけでも)毒認定してくる。
義兄《あに》の手に渡るのを阻止してくる。
曰《いわ》く、
「あなたの手から毒のエキスが出るんですねきっと」
などと根拠のない誹謗《ひぼう》をぉぉぉお! いや、どうどう。落ち着いてあたし。
奴《やつ》は今までの奴《やつ》ではない。
旅は道連れ世は情け。義兄《あに》奪還の道中でかなり打ち解けたと言うか、まぁ、同志?くらいの仲にはなった。
あたしは家族だと思っているらしき言質も取った。
血を分けた実の家族でさえ血祭りに上げかけた男に家族認定されても全然安心できないどころかむしろ身の危険を感じるけれど、でも、小指の爪の先くらいは改心したはずだ。きっ、
「チョコレートですか?」
「うぎゃおおおおおうぇぇぇえええい!!!!」
突然背後から声をかけられてルチナリスは飛び上がった。
振り返れば、今の今までこき下ろしていた男が立っている。
あたしに張り合っているのか奴《やつ》も毎年チョコを手作り(しかも出来が店売りレベル)してくるから、厨房に現れるのは決して予測不可能だったわけではない。けれど!
会いたくなかった!
まだ全然手付かずだから嫌味も言われようがない、ってその考えは甘いわよルチナリス! 奴《やつ》は息をするように嫌味を吐き出す男。実物があろうがなかろうが、嫌味の棘《とげ》が丸くなるわけじゃない!
ルチナリスの脳内を今までに執事から受けた嫌味の数々が走馬燈のように走り抜ける。
が。
「いいですね。青藍様も喜びます」
「は…………い?」
あれ?
何だその慈母のような、いや男だから慈母とは言わないんだろうけど慈愛に満ちたその顔は。
何か企んでる?
あたしに対する認識が変わっただけとは思えない。
ああそうだ、きっと油断させて抹殺するつもりだ。そうよ、人の本質なんてそう簡単に変わらないもの。
奴《やつ》にとってあたしは義兄《あに》を奪う敵。
あたしを消したところで奴《やつ》が義兄《あに》の1番になるはずもなければ恋愛対象になるはずもないのだが、って畜生! 言ってて悲しくなるじゃない!
「何を考えているかは薄々察しますが、前に言いましたでしょう? 此処《ここ》にいる間、青藍様はあなたに貸・し・て・あ・げ・ま・す”、と。
朝から楽しみにしてらっしゃいましたよ。まだできていないのならお手伝いしましょうか?」
「イ、イエ、大丈夫《ダイジョブ》デス」
嗚呼《ああ》! 執事の笑顔が眩《まぶ》しい!
あたしの邪念に満ちた考えが恥ずかしくなるくらい!!
執事は改心したのだ。
それに比べてあたしときたらぁぁああ!
真っ白に浄化されるルチナリスの耳に、
「なぁ、坊《ぼん》とグラウス様のこと、るぅチャンに教えたほうがよくね?」
「そんなことしたら、るぅチャン発狂するっすよ」
と囁《ささや》き合うガーゴイルたちの声など、届くはずもなかった。