まおりぼポッキー&プリッツの日2020。
本編完結後のグラウスさんと青藍様のお話。
ちょっとエロい(当社比)。BLです。
何故《なぜ》だ。
新聞の紙面を睨みつけ、グラウスは唸《うな》った。
そこには”11月11日はチンアナゴの日”の文字と共に、白黒ぶちの蛇のような生き物の絵が踊っている。
記事を読むうちにそれは蛇などではなく海生生物の一種だとはわかったが、問題はそこではない。
何故《なぜ》だ。
何故《なぜ》今年に限ってポッキー&プリッツの日ではないのだ!!
「どうかした?」
「あ、いいえ、何もありませんよ」
「そう? 何か怖い顔で新聞睨《にら》んでるから」
テーブルの向かい側では最愛のご主人様がパンにバターを塗りながら、私の様子を窺《うかが》っている。
何故《なぜ》従者が主人と同じテーブルについているのだと問われれば、私はいくらでも涙ぐましい10年の努力とその成果を語る心づもりがあるのだが……まぁそれを省いても、旅先なら誰も私たちの関係を知らないのだから多少は無礼講でもいいのではないかとか何とか……ああ、私は少し浮かれている。
そう。此処《ここ》はノイシュタインではない。
彼《か》の地から山をふたつ越えた避暑地にある貸別荘のひとつ。
夏の間は人々で賑わい、避暑に来たのに人いきれで暑いなどという本末転倒なことになっている土地だ。
が、シーズンオフともなると誰もいない。
あれだけあった店もほとんどが閉まっていて、食料品を手に入れるだけでも馬車で数時間先の町にまでいかなければならない。
加えて、山からは食料を求めてクマが下りて来たり、留守になることを知っている浮浪者や不審者が鍵を壊して入り込むこともあるらしい。
そんな不便な場所だからこそ、泊まりたいなんて言った日には「猟奇殺人の舞台にでもされるんじゃないか?」なんて疑われるのがオチだ。
この貸別荘のオーナーもそのひとりだったようだ。
しかし、青藍の顔を見て「ああ……察し」という顔をしたあたり、下世話な理由を思いついたに違いない。
まぁ、私もそんなミラクルが起きたらいいなぁとか……か、考えなかったわけではないわけでもないけれど、それにしたって第三者にそんなことを想像する権利はない。
青藍は私の〇〇(脳内ですらはっきり言えないチキンの性《さが》)なんだから!
「もしかしてノイシュタインで何か事件が起きたとか? だったらすぐ帰、」
「大丈夫です。無事です」
「それじゃ、」
青藍もきっと此処《ここ》に泊まったことを不審に思っていることだろう。
こんな何もない土地に来て早《は》や一昼夜。今日も今日とて何の予定もなし。
そろそろ彼の脳内では義妹《ルチナリス》が踊りながら手招きし始める頃だ。
でも!
しょうがないじゃないか! ノイシュタインにはガーゴイルだのルチナリスだのといった出歯亀が大量にいて、少しでもいい雰囲気になろうものなら何処《どこ》からともなく現れては邪魔をしてこようとするんだから!
イベント日にはそれ以外の人外まで出て来るんだから!
私はただ単にポッキーゲームをしたかっただけなのに。
ただちょっとふたりっきりになりたいなーと……いや……ええと……ああ正直に言おう、今回こそは”夫婦の営み♡”みたいなこともできるかなーと、そんな下心もあったけれども!
だって未《いま》だもって何もないのだ。
そりゃあまだ籍も入ってないし、式も挙げていないけれど。
ナニは受け側の負担が大きいと言うし(調べた)、人によっては数日は浮ついて何も手につかなくなると言うし(調べた)、もし魔王やってる最中に思い出しでもしたらどうなることやら。
いやその前に、あの最中に勇者が来ないとも限らない。
さあいくぜ! って時に「坊《ぼん》----! 勇者が来たーーーーー!!」と……ある。絶対にある。来ていなくたってそう言いながら乱入してくるに決まっている。
そんな理由で手が出せなかったのは私が全面的に悪いのだけれども、結婚=ずっと一緒にいるんだよね♡ という認識しかしてくれない青藍もどうよ! いくら箱入りだからってそんなことも知らないのはいくらなんでも教育が偏《かたよ》り過ぎでしょう! と、彼の教育係でもあった陸戦部隊長と執事長に訴えてみれば、前者は
『ああ!? ンなこと俺の担当じゃねぇ!』
と逃げたし、後者は
『そうですね私としたことが。では今から実践教育しておきましょう。私自ら手取り足取りきっちりと教えておきます』
なんて恐ろしいことを笑顔で言いやがったから、その日のうちに青藍を連れて逃げて来た。
と、まぁそんなこんなで、要するに私たちの前にはとんでもなく高いハードルがいくつも立ち塞がっている。
せめて今年はポッキーゲーム(からその先)をする仲くらいにまでは進展すればいいなぁと、いつものように通販で異国の菓子を取り寄せ。
それで……タイミングが掴《つか》めないまま今に至る(チキン再び)わけだけれども。
「そう?」
私の返事に小首を傾げ、青藍はパンを口にする。
ああ、あのパンがポッキーだったら。そんな妄想をする私がいじらしい。いや情けない。
窓の外は快晴。
私の前の皿はほとんど手付かずなのに、食が細いはずの青藍の皿は半分ほど終わっている。
することがないから帰ろう、と言い出したらどうしよう。
多少人目があっても、もう少し観光できる場所を選ぶべきだったか。これではまるで「寝るために来ました♡」と言っているようなものじゃないか。
とか言ってベッドどころか部屋まで別々になる戸建てを借りるところが既《すで》にチキン(三度《みたび》)。距離が遠すぎてポッキーゲームどころではない。
と思っていたら。
「そう言えばさ。今日って何の日か知ってる?」
「ふぁっ!?」
突然何を言い出すのだ!
いや、これはきっと私がチンアナゴの日の紙面を凝視していたからだ。
もしかして。見たいのだろうかチンアナゴ(字余り)。
そんな貧相な奴《やつ》より私のチンアナゴを見て下さい! と……駄目だ! そんなことは死んでも言えない! と言うか言っちゃ駄目!!
「あ、え、ええと……チ……チ、チンアナゴの日、ですよね?」
マズい。1文字足したら5歳前後の子供が大喜びで口にしそうな下ネタを口走るところだった。
子供という生き物はどうしておっ〇いだのお〇りだのうん〇だの、そういうものを言って喜ぶ性癖があるのだろう。ってそんなことは心底どうでもいい。
「面白い形してますよね」
私は握りしめたままの新聞を広げ直して青藍に向ける。
「ほら見て下さい。海の生き物だそうですがノイシュタインには、」
「今日ってポッキーの日だよね?」
「はひ!?」
だが。
続いて彼《か》の人の口から出て来た言葉には二の句が継げなくなった。
ポッキーの日。
ポッキーの日って知ってる。
まぁ、毎年毎年策を講じては失敗してきたから、今日が”何だかよくわからないけれども執事が壊れて迫って来る日”と認識されていてもおかしくはない。
どうする?
「そんなこともあろうかと」と有能な執事の顔で持って来た赤箱を差し出す絶好のチャンスじゃないか。それで「異国ではこんな遊びがあるんですよ」と教えればいい。
前にも教えた気がするけれど、あの時はプレッツェルの形がどうとかで終わってしまった気もするし。
それで話の流れでポッキーゲームをすることになったとしても、私たちは夫婦(になる予定)なんだから今までみたいに避けられることはないはずだ。
ついでに私のチンアナゴも、あああああ!! 駄目だ! いくら欲求不満だからってチンアナゴは忘れろ私----!!!!
「でね、こんなものを手に入れたんだけど……食べる?」
しかし。
青藍が出して来たもの凄く見慣れた赤箱の異国菓子に、私は唾を飲み込んだ。
その音があまりにも大きかったのか、青藍は苦笑する。
「変なの。パンもサラダもスープも手付かずでいるのにポッキーは食べたいんだ?」
1本取り出して、差し出されて。
ああ、なってない。今日ばかりは手を使ってはいけないんですよその菓子は。
私は差し出したポッキーを取り上げる。
頑張れ私! ここまでお膳立てされて普通にポッキー食べて終わりだったら、世界中のニワトリの皆さんに「貴様如《ごと》きと一緒にするな」と言われること間違いなし!
「……今日だけの特別な食べ方があるんですけど、やってみます?」