2:道案内はウサギと決まっているのさ。
目が覚めたら真っ暗だった。
何があったのだろう。あたしは暗い中で目を凝らす。
雷みたいな音がして、地震みたいに揺れて。それで転んで頭をぶつけて気絶してたのかな。それで夜になっちゃった、って、ないない。そんなことない。
だって朝だったのよ? ドアのところにいたのよ? もし気絶していたら登校してきた子たちが教室に入る時に気づくはずだもの。そのまま放置して授業して、そのまま放置してお昼食べて、そのまま放置して下校時間になって、それでみんな帰っちゃいました、なんていくらなんでもあり得ない。
それに祐奈ちゃんと春花ちゃんはあたしがいたことを知っている。
そう言えば2人はどうしたのだろう。声も物音も全然聞こえない。
祐奈ちゃんなんて窓枠に腰掛けていたから不幸にも外に落下し……待て待て。そんな怖いこと考えないで自分。
「祐奈ちゃん? 春花ちゃん?」
呼びかけても返事は返って来ない。
どうしよう。学校なんてコンクリートの塊だもの、2階からだって打ちどころが悪ければ残念なことになってしまう。
あたしは真っ暗の中、2人がいた(と思う)方向に1歩足を進める。もう1歩。さらに1歩。また1歩。もひとつ……。
「あれ?」
おかしい。あたしは足を止めた。
だってここは教室。33人分の机が8割を占めている。さっきの地震で寄ったとしても、いい加減、手か足には当たるはず。
それにいくらなんでも暗すぎる。もし本当に夜だとしても街灯やコンビニの灯りが窓から入って来るから何となくは見えるものだし、停電で街中の電気が消えていたって星や月明かりがある。真っ暗なんておかしい。
そんな時。
ピョンピョンと白いものが視界を横切った。
オバケ!? まさか。いやいやいや。
でもここは学校。学校はオバケが出るって決まってる。
ほらさっき祐奈ちゃんも言っていたじゃない、七不思議。理科室の人体模型が歩いたとか、誰もいないはずの図書室で話し声がしたとか。
だとしたらあのピョンピョンは……七不思議№3。校内をさまようウサギのモクジィ!!
「はずれー」
ブッブー、と間が抜けたラッパ音とともにそんな声が聞こえた。
そしてピョンピョンは直角90度に向きを変え、こっちに向かって飛んでくる。
「ひっ!」
「モクジィとか、そんなかわいこぶったジジイの愛称みたいな名前で呼ばないでくれるー?」
思わず腰を抜かして座り込んでしまったあたしの前で止まった白い光は、ボヤヤーンとしたまま徐々に形になってくる。
それは。
「やっぱりモク、」
「モクジィじゃないってば!」
片手で握れそうな大きさの白いウサギ(直立歩行型)だった。
「なんでウサギ」
「女の子がファンタジー世界に迷い込んだ時に現れるのはウサギと相場が決まっているのさー」
直立歩行のウサギは偉そうにふんぞり返る。
いや、そんな相場は知らない。それにウサギが出て来るのはせいぜいアリスくらいなもの。場合によっては鈍器をもった先住民族だったり、鼻と足が大きいオッサン顔の小人だったり、人語を話す昆虫だったりすることもある。
まぁそれよりはウサギのほうがビジュアル的にはまし。この状況下であたしが落ち着いていられるのも、相手の見た目のかわいらしさと、そして腕力で勝てると思えたからだろう。
「アリスもアヤノも似てるからおっけー」
「”ア” しか合ってないし、割合から言ったら33%だし」
「33%って大きいよ? 3割引って書いてあったら欲しくなくても買うでしょ、マグロのお刺身とか」
「夕方4時からのスーパーかあんたは!」
ツッコミまで入れられちゃう。
見た目は思いっきりファンタジーなのに、何なのこの庶民感覚。
「お刺身もファンタジーもいいから、とりあえずこの真っ暗なのをどうにかできない?」
「やだねぇ、夢も希望もない現代っ子って」
「へー。お刺身に夢と希望があるんだ。へー」
だいたいここは学校。そして2年1組の教室。
目の前のウサギだけがファンタジーだけど、別に知り合いでもないし、いなくなっても困らない。そりゃあ勉強より剣と魔法の世界で大活躍! のほうが楽しそうだけど、そんなことが現実に起きるはずがないってことくらい脳ミソお花畑なあたしでも知っている。
あれは創作。現実じゃない。
中学2年生になったからといって、妖精がおもちゃみたいな変身アイテムを持って「きみは伝説の戦士なんだ!」と言ってくることなどないように。
「ああ」
ウサギはニヤリと笑うと、毛皮の胸のあたりに手を突っ込んだ。
フラグ立っちゃった? いや、まさか。あの短い毛皮のどこに変身アイテムなんか隠し持っておけるのよ!
「ぱぱぱぱっぱぱー」
どこかで聞いたことのある効果音を口ずさみながらウサギは巻物を取り出した。そして、当然のような顔であたしに差し出す。
茶色い紙に金で鳥獣戯画っぽい動物が描かれている。くるりと巻いた紐はジジむさい緑。変身する時はこの巻物が体に巻きつくのだろうか。言いたくはないがダサい。
「何これ」
あたしは巻物を広げてみた。
ウサギが発する光でかろうじて読める。
そこには――。
「これを、解けってこと?」
「そう」
ウサギは片目をつむってみせる。
何だろう。解いたら伝説の戦士確定! だったら……ちょっと嫌だ。